ヘーゲルの取り組んだ「問題」が未だ解決されていないなか,古典『精神現象学』の現代的意義を明らかにする。従来の文献学的ヘーゲル研究とは一線を画した意欲作。
「筆者の眼からすれば、『精神現象学』は20世紀欧米哲学の諸理論を先取りすると同時に、その近代主義を清算し、概念把握という論理を提供する書でもある。このキメラのような二重性格を持つ謎めいた著作を、存在知のための方法論を確立する試みとして捉え直し、それを通じて現代の社会認識、すなわち非理性的現実のなかでの理性的認識、あるいは私たちの自己認識を可能にする道につなげていくことが筆者のライフワークである。本書は、そのための第一段階として、『精神現象学』の批判だけをその課題とするものである。」
著者略歴
黒崎剛(くろさき つよし)
1961年 埼玉県に生まれる。
1983年 早稲田大学第一文学部同哲学科哲学専修 卒業
1988年 早稲田大学大学院文学研究科哲学専攻修士課程終了・文学修士(早稲田大学)
1992年 早稲田大学大学院文学研究科哲学専攻博士課程単位取得退学
2010年 文学博士(早稲田大学)
現在 都留文科大学社会学科准教授
主要論文
「ヘーゲルの反省論――個性と全体性の媒介の論理――」(『哲学世界』第13号、1990年)
「理念と自然――ヘーゲル哲学体系における論理学から自然哲学への移行の意味に寄せて」(『ドイツ観念論と自然哲学』、創風社、1994年)
「意識経験学と存在学 ― ヘーゲルは〈存在主義〉をいかにして実現するか」(『現代認識とヘーゲル=マルクス』、青木書店、1995年)
「ヘーゲル論理学の<理念>とは何か――存在学としての論理学の正当性――」(『ヘーゲル論理学研究』第二号、1996年)
「〈死ぬ権利〉をどう考えたらよいか ――自殺権の虚構性と安楽死の根拠――」(『倫理学年報』第47集、1998年)
「インフォームド・コンセントへの新たな展望――自己決定の論理から共同性による主体性の再建論へ――」(『医学哲学・医学倫理』第19号、 2001年)
「思考と労働――ヘーゲル『精神現象学』における「思考と存在の同一性」の問題点について――」(『哲学』第53号、2002年)
序 論 なぜいま『精神現象学』を読み直すべきなのか
第1節 非理性的現実のなかで理性的社会認識は可能なのか
──「意識−対象」の相互拘束からの脱出という課題
第2節 20世紀ヨーロッパ哲学の限界線
──「認識主義」の枠内での対立と相互補完
第3節 なぜ『精神現象学』を問題にするのか
── ヘーゲルの「意識の経験の学」による「存在学への導入」の構想と「存在知」の立場の確立の試み
第Ⅰ篇 「意識の経験の学」の構想と展開
──ヘーゲルによる「思考と存在との同一性」の追求──
第1章 「意識の経験の学」の正当性とその構想の解明
第1節 なぜ「存在」の探求に「意識経験学」が必要なのか
── デカルトからドイツ観念論に至る,近代哲学の成果として
第2節 ヘーゲルの「意識経験学」の構想の解明
── 『精神現象学』・「緒論」に即してみた「意識経験学による存在学への導入」の構想
第2章 「無限性」による存在学の基礎付け
対象意識から自己意識への還帰の意義
第1節 「感覚的確信」
──感覚的な個別性の経験とその成果
第2節 「知覚」
──「制約された普遍性」の経験とその成果
第3節 「悟性」
──「無制約的な普遍性」の経験とその成果
第4節 無限性と自己意識
第5節 第一中間考察
── 「無限性」によっていかなる真理観と存在学が基礎付けられるのか
第3章 自己意識の構造と「意識経験学」から「精神の現象学」への変容
第1節 ヘーゲルの自己意識の概念
第2節 第二中間考察
──「自己意識の二重化」の論理の問題性
第3節 「主奴関係」から「思考」へ
── 自己意識論における「相互承認」論と「思考と存在との同一性」問題との統合
第4節 「自由な自己意識」から理性への経験過程
第5節 第三中間考察
── 「思考」における「労働」と「相互承認」との関係,およびヘーゲルの「理性」概念をいかに理解すべきかについて
第4章 理性論における無限性の論理の展開
「無限判断」から推理への転換による「観察者の立場」の克服
第1節 ヘーゲルの理性概念
──精神の・観念論的な・推理的連結運動
第2節 観察者の立場
──「無限判断」に陥る理性
第3節 無限判断から推理への展開
──「事そのもの」としての「精神」という媒辞の生成
第4節 第四中間考察
──西欧的理性の定礎
第Ⅱ篇 「精神の現象学」としての意識経験学の完成
第5章 「精神」論
近代社会システムの意識経験学
第1節 精神の概念とその根本問題
第2節 人倫の崩壊と法的状態の成立
第3節 「自己疎外」を通じて自己を「陶冶」する精神 ・予備的考察
──「自己を疎外した精神」の概念,および「自己疎外」と「自己陶冶」との関係
第4節 第五中間考察
── 「人倫」と「自己を疎外する精神」の章は何を叙述しているのか
第6章 「絶対知」
「相互承認」によって意識と対象との対立を解決する試みとその帰結
第1節 道 徳 性
──良心の「相互承認」による疎外の克服
第2節 宗 教
──相互承認を客観化し,絶対知へと媒介する過程
第3節 絶 対 知
──「対象性」を克服した「絶対精神の自己知」
第7章 ヘーゲル哲学の原理の完成
「弁証法」と「絶対精神」の論理
第1節 「実体=主体説」と存在学
第2節 ヘーゲルの学的方法論
──精神現象学から論理学へ
第3節 「学の始元」と精神の存在学
第Ⅲ篇 『精神現象学』とヘーゲル弁証法の解明と諸解釈
第8章 最終考察
ヘーゲルの「精神の弁証法」はなぜ社会認識の方法論として破綻したか
第1節 へーゲルの「存在知の立場」の肯定的結論
第2節 へーゲル弁証法の認識主義への転落
──二つの性格と五つの忘却
第9章 『精神現象学』はどのように読まれてきたのか
六つの解釈類型に基づいて
第1節 学への導入としての精神現象学
第2節 『精神現象学』の「導入=体系」説を正当化する三つの読解
──歴史哲学・存在論・共同主観性論
第3節 意識経験学の封印とヘーゲル哲学の「非−アクチュアリティ」総括と展望
──「意識経験学」の再興と「弁証法」の完成に向けて
あ と が き