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写真:挿絵でよみとくグリム童話
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挿絵でよみとくグリム童話

西口 拓子 著

A5判 オールカラー384ページ

本体:4000円+税(2022年6月3日発売)

ISBN:978-4-657-22701-0

TSUTAYA
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作品概要

【第46回日本児童文学学会特別賞を受賞!】

 1812年に『グリム童話集』の初版が刊行されて今日に至るまで、世界中でグリム童話の絵本が刊行されてきた。本書はそのうち19世紀初頭から1940年代にかけてドイツや日本で刊行された絵本を対象に、そこに掲載された多数の挿絵の分析を通じて、西洋の挿絵と日本の挿絵、グリム童話と森鴎外、「ヘンゼルとグレーテル」とアウシュビッツなどの意外な関係性を明らかにする。
 美しく、資料的価値の高い挿絵をオールカラーでふんだんに紹介。ドイツでも活躍するグリム研究者による第一級のグリム論。


【西口拓子氏 日本児童文学学会特別賞受賞インタビュー】

――受賞おめでとうございます。

西口 ありがとうございます。

――今回の受賞について、まずどんなことを思われましたか?

西口 日本児童文学学会の学会員でないのに選んでもらったのは、率直に嬉しかったです。授賞式では選考過程についても丁寧に説明していただき、じっくり読んで選んでいただけたことがとてもありがたかったです。本の論考は実証的であることを心掛けていたので、資料としての価値はあるかなと思っていましたが、評価をしてもらえてありがたいです。

――周りの方の反応はいかがでしたか。

西口 とても喜んでくれました。昔の同級生や知り合いの人も本を買ってくれたりして、ありがたいなと思いました。

――学生さんの反応はいかがでしたか。

西口 学生は意外とクールですね。私の宣伝が足りていないせいかもしれません。ドイツ人のTAさんは一緒に喜んでくれて、「子どもの頃、グリム童話はちょっと残酷だと思っていた」というコメントをくれました。本音を言うと「よく読んでいた」というコメントが欲しいところでしたが。

――お知り合いの研究者の反応は?

西口 もちろんすごかったです。お世話になった先生方や研究会の先輩方が、とても喜んでくれました。ドイツやスイスの先生も、グリム研究が脚光を浴びること自体を何より喜んでくれました。献本をお送りしたのですが、今はGoogleレンズで日本語をドイツ語に翻訳できますので、謝辞 (352頁) の部分が見られて喜んでいました。

受賞した喜びを語る西口教授.JPG
受賞の喜びを語る西口教授


――先生の本を改めて読んで、膨大な情報量だと思いました。情報の整理の仕方というのでしょうか、この挿絵とこの挿絵が似てるという見つけ方や探し方は、どのようにされているのでしょうか。

西口 どうやって手本にされた絵を見つけたのかということはよく尋ねられます。今は人工知能の助けを借りて探すことができそうな気もしますが、すべて直接見つけました。つまり偶然見つかったものです。芸術とかでもそうだと思うのですが、一見だれにでもできそうなことは、最初にアイデアを出さないとという感じがあります。そういう意味で『八ツ山羊』の手本となった挿絵を見つけることができたのは、とても運が良かったです。
整理については、ある話にまつわるものをつなげていくという形で整理しています。膨大な時間がかかっています。この『挿絵でよみとくグリム童話』は10年ぐらいかけて研究した成果をまとめたもので、トータルではかなりの時間をかけています。

――蔵書は何冊ぐらいお持ちなんですか。

西口 読んでいないのも含めたら、すごい量ですね。挿絵のために集めた本も、まだ数えていない状態です。購入済みの本をメモしたりもするのですが、忙しい時期には記録できず、結局中途半端なまま整理できてないので数はわかりません。でも、コロナ禍が収まったら、絵本展を開きたいぐらいの数はあります。

――入手方法はインターネットですか?

西口 コロナ禍前はドイツやスイスに行って買っていました。古本屋さんにはネットに情報を載せていない本もあるので、お店に行って良いものを見つけて買うのがすごく楽しかったです。古本屋さんだと、現金で払うと値切り交渉ができることも楽しいです。あとは、蚤の市にも子どもの本が出ていますので、機会があればそういうところへも行っていました。

――古い本なので、高いのかなとも思ったりするのですが、一冊いくらぐらいするものなんですか。

西口 結構高いですね。ただ、物によっては売る側が価値を分かっていなくて、びっくりするほど安く買える場合もあります。グリム童話の挿絵本は、5000円ぐらいから、高いのは際限なしです。ラッカムの本などはすごく高いです。ちなみに本書で『八ツ山羊』の山折りの部分をスキャンしていますが (図1-20)、あれは日本の明治期のものですが、30万円くらいしました。

蔵書の中から.jpg
蔵書の中から


――挿絵の研究をしようと思った動機はなんだったのでしょうか。

西口 狙って始めたわけではありませんでした。2011年に在外研究でドイツに行ったのですが、その準備として、向こうで講義を頼まれた場合に何か面白い話ができればと思い、日本の明治時代のグリム童話の挿絵をたくさん用意していったんです。そうしたら、たまたま次の年 (2012年) がグリムの初版本刊行200周年で、カッセル大学で記念学会があって応募したんです。その学会発表の準備のために、明治期の翻訳と挿絵を詳しく調査しました。またドイツやイギリスの挿絵もです。その際に、『八ツ山羊』の挿絵がドイツのものとそっくりだということに気がついて、それからグリム童話の日本での受容についてへの関心を持つようになって、本書にまとめるだけの論文を書きました。

――もともと挿絵とか美術に関心があったのですか。

西口 絵本も美術展も好きですが、関心は人並だと思います。絵心もないですし。そういう流れから研究にたどりついたわけではなくて、もしもドイツで授業を頼まれたら面白い話ができるようにネタを探していたのが直接のきっかけですね。ドイツの先生からは聞けないであろう話が良いのではと思って、気楽に調べていたら、面白いものがいろいろ見つかったという感じです。そもそも、向こうで講義を頼まれるかどうかも分からないのに、我ながら気の早い話でした。

――グリム研究は、テキストを研究する方もいまするし、西口先生のように挿絵の研究される方もいます。挿絵研究は、グリム研究の中でもどういう位置づけになるのでしょうか。

西口 童話の挿絵は、それまであまり研究者の間ではあまり着目されてはいなかったんです。本のまえがきにも書きましたが、ドイツでは2009年にフライベルガーさんが出した博論が挿絵研究としては本格的で、とても面白くて、それ以前は包括的な研究があまりなかったんです。民俗学的なアプローチや文芸学的な視点からのテキスト研究が多くて。挿絵の研究が主流ではなかったからこそ、2012年に私がカッセルの学会で発表した内容は、ドイツをはじめとした研究者にとても関心を持ってもらえました。そしてその後もドイツ語で論文を書く機会をいただきました。
日本では、明治時代の挿絵画家は、ヨーロッパのことがよく分からなかったので手本がなければどうしようもなかったと思うのですが、ドイツの挿絵画家でさえ、先行する挿絵の影響を受けている、つまり似た挿絵、時にはそっくりな挿絵を描いているのはおもしろいと思います。それは以前の話で、現在はグリム童話の挿絵も、かなりモダンで斬新なものも多く、先行する挿絵を超えようとするパワーを感じさせるものがたくさん描かれています。

――日本の絵本研究は西口先生がかなり先駆けているといえますね。

西口 挿絵や絵本の研究はこれまでも多くの方がとりくまれていますが、グリム童話の挿絵に関しては、本格的には論じられていなかったので、たまたま隙間があったという感じかと思います。

――初めて先生の原稿を読んだとき、非常に面白かったです。また、先生の文章はとてもユーモアがあると思いました。学生時代はどういう感じの学生だったんですか。

西口 豪快なエピソードなどがあったら良いのですが、残念ながら普通の学生だったと思います。ユーモアに関しては、ドイツ的なブラックユーモアは好きです。それにドイツの方は真面目そうな表情をしていることが多いので、ドイツ語でドイツ人を笑わせたいというのはあるかもしれません。

――学生時代からドイツ語に興味をおもちだったんですね。

西口 ドイツ語は専攻語だったこともありますが、結構勉強しましたね。夏休みにドイツでホームステイをしたのも楽しい思い出です。ドイツの田舎町で、日本人がひとりもいない町で暮らしたのは、貴重な経験でした。家庭の方も、親戚の集まりなどにも全て一緒に連れていってくれました。

――日本ではドイツ語の学習人口は英語に比べると圧倒的に少ないですが、何がそこまで先生の興味を引いたのでしょうか。

西口 大学では何か新しい言語を学びたいと思っていました。ドイツ語を選んだことには、あまり深い理由はないのですが、強いて言えば高校時代、フランスとドイツにペンパルがいて、当時はエアメールで交流していました。たまたまドイツ人の方が手紙が面白かったというのが大きいかもしれません。
 その後大学で、野村泫先生というグリム研究で有名な先生の特別講義を聞き、後に研究会でお世話になることができて、それ以来グリムの研究をしています。

――『グリム童話――子どもに聞かせてよいか?』を書かれたかたですね。野村先生がらみでお尋ねしたかったのですが、グリム童話は第二次世界大戦中の残酷な行為に影響を与えたのではないかという説について、今回の本の中では結論を書かれていませんが、その点はどうお考えなんでしょうか。

西口 それについては、野村先生の『グリム童話――子どもに聞かせてよいか?』に詳しく書かれているのですが、影響を与えるということはないと思います。魔女(ロシアではバーバヤガー)をパン焼き窯に押し込むという話は、ロシアの昔話にとても多くて、ドイツだけで語られているわけではありません。残酷な話は世界中にあります。グリム童話より残酷なフランスの昔話もありますし。よく言われることですが、日本にもかちかち山の話もあるわけですし。あと、ヒトラーがグリム童話を読んだという証拠もないようです。そういうことも含めて、グリム童話と第二次世界大戦中の残虐行為との関連はあまりないと思います。

――因果関係の証明もできませんしね。

西口 証明する意味もない話だと思います。

ハーナウにあるグリム像.JPG
ドイツのメルヘン街道始まりの街、ハーナウにあるグリム兄弟像。兄弟はここで生まれた(西口教授撮影)


――これからどういう研究をしようという計画はおありですか

西口 詳しいことは内緒ですが、いろいろと小さな気づきがあって、少しずつ論文にまとめていきたいと思っています。挿絵がらみの話も、まだまだ書きたいことがあります。明治時代の翻訳にも興味深い点、調べたことがたくさんあります。

――出版についてお伺いします。早稲田大学学術叢書に応募された動機はなんだったのでしょうか。

西口 内容が堅いので、やはり商業出版社は難しく、こういう助成金をいただいて出してもらうのが一番かなと思って、応募しました。

――学術叢書制度についてのご感想はいかがですか。

西口 この制度は絶対に活用した方がよいと思います。本書の第二章では、英語の文章をたくさん載せていますが、こういうものは、一般書だったら掲載は難しいかと思います。
一方で、大学の出版部といえば一般的にとても保守的なイメージがあるのではないかと思います。私自身が、前例のないことはしないのではないかと思っていました。でも、オールカラーに踏み切ってもらえたのはすごい、と思いました。アカデミックな意義を打ち出していけば、前例がないことにも前向きに対応してもらえたのも大学出版ならではのメリットだと思いました。
今回は、印刷もとても綺麗で、値段が4000円によく収まったねと、出版の経験のある方々から言われました。また浮世絵の研究で有名な方にも印刷の出来の良さを褒めていただきました。

――ありがとうございます。『挿絵でよみとくグリム童話』はきっと反響を呼ぶと、我々も思っていました。実際、「毎日新聞」「朝日新聞」と「週間読書人」に取り上げてもらいましたね。「朝日新聞」では横尾忠則さんに書評欄で紹介されました。

西口 横尾さんのような有名な方に取り上げていただいたのはすごいことで、周りの方々からの反響も大きかったです。こんなチャンスは一生に一度ものですよね。

受賞の盾.JPG
受賞の盾


――次の出版のご予定はありますか?

西口 今のところ具体的な予定はありませんが、出したいものはたくさんあります。挿絵がメインの資料集のような、見ていて楽しめるものはぜひ出したいです。その他、今回の出版でコラムに使いそびれたおもしろい挿絵もありますし、紹介したい素敵な絵本にもいくつも出会いました。グリム童話のテキストも、注釈をたくさんつけたもので、学生と一緒に読めるようなものも出してみたいです。

――最後に、この本をどういう人に読んでもらいたいですか。そして、その人たちにどういうことを伝えたいですか?

西口 グリム童話は、大学でのレポートや卒論のテーマとしても人気があると思います。ぜひたくさんの大学生に読んでもらいたいです。普段私が接している理工系の学生は、文学研究にふれる機会が少ないので、とりわけ読んでもらいたいです。意外に実証的なんだなと思ってもらえたら嬉しいです。
カラーの挿絵を見るだけでも楽しめるので、もちろん学生以外の方々にもぜひ手に取ってもらいたいです。とくに本の第1章は、間違い探しのように挿絵を見比べて楽しめると思います。最後の章の「ヘンゼルとグレーテル」も、絵だけを見てもインパクトがあります。コラムにも面白い挿絵をたくさん紹介しましたので、そこも楽しく読んでもらえるかと思います。
素敵な挿絵もたくさん掲載していますので、本屋さんの絵本のコーナーの片隅に置いてもらえたら嬉しいですね。
(聞き手:編集部 武田文彦)

著者プロフィール(編者、訳者等含む)

現職:早稲田大学理工学術院教授。立教大学兼任講師(2021年9月~)。
学歴:東京外国語大学大学院博士後期課程学位取得修了。博士(文学)。
職歴:2007年4月~2019年3月 専修大学(専任講師~教授)。
2011年4月~2012年3月 コブレンツ・ランダウ大学(ランダウキャンパス)客員研究員。
2015年10月~2016年3月 カッセル大学ドイツ語学文学科客員教授。
主な著作:
Kinder- und Hausmärchen der Brüder Grimm: Die japanische Rezeption im globalen Vergleich. Kosmopolitische Gedankenwelten / Cosmopolitan Imaginings. Würzburg: Königshausen & Neumann 2019.
「グリム童話とその受容」「ラフィク・シャミ――シリアから来たドイツ語詩人」(分担執筆)石田勇治他編集『ドイツ文化事典』丸善出版,2020年。
「ドイツ――ロッテ・ライニガーの影絵アニメーション」(分担執筆)須川亜紀子・米村みゆき編『アニメーション文化 55のキーワード』ミネルヴァ書房,2019年。

目次など

 はじめに

第1部 明治期の邦訳グリム童話から

第1章 『八ツ山羊』――初めての「狼と7匹の子やぎ」の絵本
 1.1. 『八ツ山羊』について
 1.2. ドイツの挿絵との類似点
 1.3. 『八ツ山羊』の翻訳底本について
 1.4. 挿絵の模倣と翻訳底本について

第2章  上田萬年訳『おほかみ』
 2.1. 狼が溺死する場所
 2.2. 子どもたちは何の周りで踊るのか
 2.3. 子どもたちが隠れる場所
 2.4. はさみを取りに家に戻るのは誰か
 2.5. 粉屋の反応
 2.6. 腹に詰められた石がぶつかるのは……
 2.7. 上田訳の特徴

第3章 澁江保訳『西洋妖怪奇談』
 3.1. 『西洋妖怪奇談』
 3.2. 妖怪奇談?
 3.3. 19世紀の英訳の特徴
 3.4.『西洋妖怪奇談』挿絵の特徴から
 3.5. 英訳との重なり
 3.6. 変更したのは誰か
 3.7.澁江訳の特徴

第4章 和田垣謙三・星野久成訳『グリム原著 家庭お伽噺』
 4.1.翻訳の底本
 4.2. 英訳との重なり
 4.3. 英訳グリム童話「ウェーナート版」のさまざまな版について
 4.4. 和田垣・星野の翻訳テクストの特徴
 4.5. 『家庭お伽噺』の特徴

第5章 『教育雑誌』に連載されたグリム童話
 5.1. 翻訳の底本
 5.2. デイビス訳の「ミステリー」
 5.3. 英訳との比較
 5.4. この翻訳の発見の意義

第6章  森鷗外・森於菟共訳『しあはせなハンス』
 6.1. 森於菟と『しあはせなハンス』に収められたグリム童話
 6.2. 森於菟が訳したグリム童話
 6.3. 簡略化の傾向
 6.4. 結末句と繰り返し
 6.5. 「粉屋」ということば
 6.6. 人名
 6.7. キリスト教
 6.8. 慣習――ハグ,キス
 6.9. 残酷な内容への対応
 6.10. 鷗外の翻訳スタイルとの共通点
 6.11.「マリア姫」と「情の剛い子供」
 6.12. 森於菟訳の意義

第2部 岡本帰一のグリム童話の挿絵

第7章 岡本帰一のグリム童話の挿絵――『グリム御伽噺』
 7.1. ショルツ社の「芸術家による絵本シリーズ」Scholz’Künstler-Bilderbücher
 7.2.『ドイツ童話集』(1911年)Deutsche Märchen ポルスター Dora Polster
 7.3.『子どもの童話集』(1894年) Kinder-Märchen
 7.4.『グリム童話集』(1893年) Kinder- und Hausmärchen
 7.5.『ドイツの子どもの童話集』(1884年) Deutsche Kinder-Märchen
 7.6. 「いばら姫」の挿絵にみる岡本の摸倣の仕方 読者の視線の動き
 7.7. 岡本の『グリム御伽噺』への挿絵について

第8章 『グリム御伽噺』の影響
 8.1. 『グリム御伽噺』の「岡本帰一」の挿絵の受容
 8.2. 岡本帰一のグリム童話の挿絵――『続グリムお伽噺』

第3部 グリム童話の挿絵

第9章 魔女をパン焼き窯に押し込むグレーテル
   ―― アウシュヴィッツとグリム童話「ヘンゼルとグレーテル」
 9.1. グリム童話への批判
 9.2. ドイツ語版【ヘンゼルとグレーテル】
 9.3. 英語版【ヘンゼルとグレーテル】
 9.4. グリム兄弟の注釈から
 9.5. 今日の【ヘンゼルとグレーテル】の挿絵
 9.6. アウシュヴィッツを生き延びて

 おわりに
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